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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
世界には、無数の、何でもない男というのがある。その一人で彼があったとして、何の悪いことがあろう。自分が、彼から期待したものを得られないと云ったって、それは、自分が悪いのではないか。伸子は、小さい自分の灯の下で考えた。彼自身が、現在の生活に満足しているとしたら、それを妨げる権利が自分に与えられているだろうか。自分のオリジナリティーの欠乏にも苦しまず、日本へペルシャ研究のための本を集める仲立ちとして、彼が存在することも、或は意味のないことではないかも知れない。彼は、伸子に突つき動かされなければ、彼の立身の希望と、日常の習慣と、堅忍の美徳の中にあって、幸福なのであろう。――
動坂の家で、多計代の激情や、伸子の激しく彼をゆすぶる情に攻め立てられた佃を思うと、伸子は変な気がした。彼は全く困ったであろう。急に違った仲間に入ってきて、前後から吠え立てられた、小胆な一匹の犬のように。
けれども、これから、伸子はどう自分を始末して暮して行ったらよいのだろう。彼の幸福の種類は伸子のいるものではなかった。夫が満足して、その幸福を食うのをそばから眺め、自分は食わず、微笑んでいるべきなのであろうか? 伸子は食いたい人間であった。