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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
伸子は堪え難い何ものかから身を防ぐように、両肩をすぼめた。
不意に、匙が紅茶皿にぶつかる乱暴な音がした。向うの部屋では、いつか音読が止んだ。飲物を運ぶ足音がした。――もう済んだか。伸子はこの部屋にいるのが厭で堪らない心持がした。夫と口を利くのが苦痛であった。どっか、暗い、人のいない隅っこに早くもぐりこんでしまいたい。世の中が変ってしまうまで寝通したい。……襖が軋んで開いた。板の間を踏んで来る音がする。伸子は咄嗟に、部屋の外の濡縁の方を見た。「隠れたい!」心臓がその思いで獣のように鼓動した。この衝動はしかし、伸子自身にさえ突拍子なかった。なぜ? 身動きする間もなく襖が開いた。伸子は、自分にびっくりした顔をそのまま、入って来た佃に向けた。
佃は何かけげんそうに、椅子の背を掴まえて突立ったままでいる伸子を見た。彼は手に浅い箱を持っていた。伸子は喉の乾いたような声で、
「なにか御用」
と自分から訊いた。
「――ミスタ・スミルノフがこれを下さいましたよ……」
佃は、何か異常な空気を嗅いだという風に伸子を上下に眺めた。
「――来ませんか。こっちへ」
伸子は背につかまったまま、横からその椅子にかけた。