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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

彼女は暫く躊躇した。けれども考えているうちに、彼女は拘泥している自分が腹立たしくなって来た。彼女はとよに、

「おかえりになったら、丸善で阪部さんに何かあげるものを見つけてから、動坂へ行ったと申上げておくれ」

と云って出た。

丸善の二階へ昇って行って見ると、阪部はもう数冊の本を選び出し、番頭と何か話しているところであった。伸子は先ず夫の伝言を果した。阪部は植物学を通俗的に書いたいい本を伸子に示した。

「――こういう風な書き方は、我々大いに学ぶ必要があると思うが、どうです」

「植物の生活」ファブルが子供のために書いた著作にどこか似た文章であった。伸子は、別な棚で自分の欲しいものを見たが無かった。阪部が航海中読むようにと一冊の本を買い、一時間ほどで丸善を出た。

朝からの小糠雨はまだやまなかった。全市が一枚の濡れた大外套のようだ。それから、湿っぽいねばつく靄が立って、遠方の高い建築物をぼやかして見せた。傘を拡げたなり高くかかげて、向うから来る人と衝突するのを避けながら、阪部が、

「さて、どうします」

と伸子にたずねた。

「いやなお天気ね――これでは歩く気もしないわね」