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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

彼女は、待っていた。そして見て。――

その期待のただ中に、今日の報道がもたらされた。全然、夢想もしない形で。彼は飛んだ。上へか? 下へか? 伸子が全心に感じ得ることは、その疑問に対する理智的な返事ではなくて、彼はそうした。彼は偽りを云う人でない。そういう恐ろしい確認ばかりであった。事件には人を沈黙さす誠実の威力があり、超人力の何ものかがある。それが伸子に苦しい。ひどく苦しかった。自分という、現在揺れている弱い存在の根にまで響が伝わった。

伸子は、食事ができなかった。一日、感動に漂って一人坐っていた。その夜、努力したが眠れなかった。涙が出る以上の緊張が精神を掴んだ。

告別式が翌日の午前にあった。伸子は、父とそれにつらなった。白布の敷かれた上を祭壇の前まで進み、夥しい白花に覆われた裡の一枚の写真で再び故人の温容に接すると、きのう新聞を見た時と同じ、それ以上の苦しさが新たに彼女をしめつけた。「彼は飛んだ。上へか? 下へか?」涙がこみあげて来た。外側の関係からみれば、彼女はそのように泣くほど故人と近い者ではなかった。式に列している親族の前に、伸子はきまりわるかったがその涙を制することができなかった。