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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

七

一

七

一

電車が九段坂とお濠との間の狭い軌道を、のろのろブレーキをかけて下り始めた。三分の一ばかり進んだ時、前方から、手に赤旗を持った男が小走りに駈けて来た。運転手に向って何か叫んだ。運転手は、いそぎ両手で更に強くブレーキを締めた。電車はいやな軋みを立てながら、勾配の急な坂路に不安定な位置に停った。

「何だ、どうしたんだ」

車掌が、下りて行った。数人の男が、ざわめいて窓から無理に前方を覗こうとした。

「爆破作業のため、三十分停車いたしまアす」

「――なあんだ」

と、気色ばんだ男達は当がはずれたように席に復した。

車内は、一時しんとした。やがてぽつぽつ話声が起った。関東に大震災があってから一ヵ月あまり経っていたが、東京人は、まだ当時の亢奮からすっかり回復していなかった。人は、寄り集ると火の手の工合だの逃路の相談などをせずにいられなかった余勢で、お喋りになっていた。

纏りない雑談が、見も知らぬ乗客同士の間に交され始めたが、中で一きわ高い嗄れ声が伸子の注意をひいた。その男は、明日公判のある甘粕の行為を、日本男子の亀鑑だと極力賞揚しているのであった。ひどく挑戦的な憎々しい調子で、さかんに社会主義者はどしどし殺しちまえと云っていた。