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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
その広間から男声ばかりの、圧力が籠った談笑が響いて来た。その辺一帯頑丈な茶色の樫の円柱や鏡板がつやつやと灯の下で光っているのが、伸子に快適な感銘を与えた。彼女の感覚に新鮮な一種の匂いがその辺に滲みついていた。家具の艶出液のにおい、煙草、羊毛ともう一つ何か乾いた皮製のものから立つようなにおいが皆一つに溶けこんだ、男ばかりの住居らしい匂いだ。
佐々の外套をたすけてぬがすと、扉をあけた男が云った。
「――ではこちらへ、女の方も沢山来ておられますから……」
伸子は軽く頭を下げる拍子にはじめてその男の顔をはっきり見た。彼は白い低いカラアと黒いネクタイと黒い地味な少し手ずれた服を着ていた。陰気な顔だが、円みのある大きい顎が目についた。伸子は、階段を登りながら、
「安川さん、来ていらっしゃいますか」
と訊いた。
三十五六に見えるその男は、持ち前と見える低い調子で答えた。
「来ておられます」
二階へ登り切ると、一つの部屋の戸が半分開いていて中から女の喋り声がした。彼は、
「安川さん」
と声をかけた。
「佐々さんが見えました」
中の話声がぴたりとしずまった。
「まあ! そうですか」