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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页
権威説よりはかくの如く道徳的動機を説明することができぬばかりでなく、いわゆる道徳法というものも殆ど無意義となり、従って善悪の区別も全く標準がなくなってくる。我々はただ権威なる故に盲目的にこれに服従するというならば、権威には種々の権威がある。暴力的権威もあれば、高尚なる精神的権威もある。しかしいずれに従うのも権威に従うのであるから、斉しく一であるといわねばならぬ。即ち善悪の標準は全く立たなくなる。勿論力の強弱大小というのが標準となるように思われるが、力の強弱大小ということも、何か我々が理想とする所の者が定まって、始めてこれを論じ得るのである。耶蘇とナポレオンとはいずれが強いか、そは我々の理想の定めように由るのである。もし単に世界に存在する力をもっている者が有力であるというならば、腕力をもった者が最も有力ということにもなる。
西行法師が「何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさになみだこぼるる」と詠じたように、道徳の威厳は実にその不測の辺に存するのである。権威説のこの点に着目したのは一方の真理を含んではいるが、これが為に全然人性自然の要求を忘却したのは、その大なる欠点である。