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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页
論理の判断は必ずしも意志の原因とはならぬ。意志は感情または衝動より起るもので、単に抽象的論理より起るものではない。己の欲せざる所人に施す勿れという格言も、もし同情という動機がなかったならば、我々に対して殆ど無意義である。もし抽象的論理が直に意志の動機となり得るものならば、最も推理に長じた人は即ち最善の人といわねばならぬ。然るに事実は時にこれに反して知ある人よりもかえって無知なる人が一層善人であることは誰も否定することはできない。
曩には合理説の代表者としてクラークをあげたが、クラークはこの説の理論的方面の代表者であって、実行的方面を代表する者はいわゆる犬儒学派であろう。この派はソクラテースが善と知とを同一視するに基づき、凡ての情欲快楽を悪となし、これに打克って純理に従うのを唯一の善となした、而もそのいわゆる理なる者は単に情欲に反するのみにて、何らの内容なき消極的の理である。道徳の目的は単に情欲快楽に克ちて精神の自由を保つということのみであった。有名なるディオゲネスの如きがその好模範である。その学派の後またストア学派なる者があって、同一の主義を唱道した。