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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

第八章 倫理学の諸説

ストア学派に従えば、宇宙は唯一の理に由りて支配せらるる者で、人間の本質もこの理性の外にいでぬ、理に従うのは即ち自然の法則に従うのであって、これが人間において唯一の善である、生命、健康、財産も善ではなく、貧苦、病死も悪ではない、ただ内心の自由と平静とが最上の善であると考えた。その結果犬儒学派と同じく、凡ての情欲を排斥して単に無欲 Apathie たらんことを務むるようになった。エピクテートの如きはその好例である。

右の学派の如く、全然情欲に反対する純理を以て人性の目的となす時には、理論上においても何らの道徳的動機を与うることができぬように、実行上においても何らの積極的善の内容を与うることはできぬ。シニックスやストアがいったように、単に情欲に打克つということが唯一の善と考うるより外はない。しかし我々が情欲に打克たねばならぬというのは、更に何か大なる目的の求むべき者がある故である。単に情欲を制する為に制するのが善であるといえば、これより不合理なることはあるまい。

第八章 倫理学の諸説 その四

合理説は他律的倫理学に比すれば更に一歩をすすめて、人性自然の中より善を説明せんとする者である。