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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

蘭堂はそれを見送りながら、声をかける気力もなく、三十分程もウトウトしていた。身体の節々が抜けて行く様な、快さにひたっていた。

女中が新聞とコーヒーを枕元の小卓へ置いて行ってくれたのも、夢の中の様におぼろげであった。

長い間かかって、やっと意識がハッキリすると、彼は毎朝の習慣に従って、枕元の新聞を取った。

重いカーテンがおろしてあるので、寝室は夕暮れの様に薄暗かった。

彼は卓上の電燈をひねって、夜の光線で新聞を読み始めた。

「ゴリラ男」脱走す

昨夜深更○○病院から

全市に非常警戒

四段抜きの大見出しが、彼の目に飛びついて来た。

記事はただ病中のゴリラ男が脱走して行衛知れずという丈けで、詳しいことは分らなかったが、考えて見ると、首領恐怖王から毒薬注射を受けたのちのゴリラである。再び首領の前に頭を下げて行く筈はない。愚かものの彼とても、それ位のことは分っているだろう。

イヤ、愚かものである丈けに、我身の危険などは顧みず、ただ恨みに燃えて、同類を裏切った首領に仇を報いようとするかも知れない。

「ゴリラの脱走を聞いて震え上るのは、一般市民でなくて、寧ろ彼の首領の恐怖王その人ではあるまいか」