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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

何事かとたまげて、躊躇している間に、先方の車は矢の様に走りだした。

「何でもいいから、今の車をおっかけるんだ。早く早く、何をぐずぐずしているか」

庄兵衛氏の気違いめいた命令に、運転手はやっと車の方向を転じて、走り出した。随分スピードのある車だったが、方向転換その他に手間どった。その上、相手の車が、なりは小さいけれど、滅茶苦茶な速力だ。

夜の大道を、四五丁も走る内に、どの横丁へそれたのか、忽ち相手の車を見失ってしまった。その辺をグルグル廻って見たけれど、どこにもそれらしい自動車は見当らぬ。

仕方がないので、庄兵衛氏は、捜索をあきらめ、再び自邸に向って車を走らせたが、考えて見ると、何とやら狐につままれた感じだ。

照子は数日前彼の目の前で息を引取り、ちゃんと葬式まですました。現に彼女の棺が火葬場の竈の中へ納められるのを目撃した。その死んだ照子が、今頃自動車に乗って、町を走っている筈はないのだ。

だが、さっきの娘は、確かに照子の顔を持っていた。あんなによく似た他人があろうとは思われぬ。のみならず、「お父さま」と呼びかけさえした。よその娘が、そんなことを云う訳はない。