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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
死人の肌の糜爛文字、米粒の表面の極微文字、そして今は又、大空の黒雲かと見まがう煙幕文字、地上の足跡の砂文字、これは一体どうしたというのだ。
賊は悪魔の宣伝ビラを、所きらわず撒き散らしているのだ。一分の米粒も賊の名刺だ。眼界一杯の大空も賊の名刺だ。
気違いか? イヤイヤ気違いにこんな秩序ある放れ業が演じられるものではない。彼奴は正気なのだ。正気でこのべら棒ないたずらをやっているのだ。こいつは大物だぞ! 布引照子さんの事件なんか、ほんの小手調べに過ぎないのだ。彼奴は今やっと、世間に彼奴の名刺をふり撒いているではないか。自己紹介が済めば、これより愈々本舞台という段取りなのではあるまいか。
だが、そんなことを考えている時ではない。さしずめ曲者はあの乞食だ。蘭堂は乞食の歩くままに尾行したからこそ、あんな文字が現われた。つまりこの怪文字のかき手はあの乞食であったのだ。
見ると、乞食奴、いつの間にか五六町向うの海岸を豆の様に小さく歩いて行く。
「ウヌ、逃がすものか」
蘭堂は石垣を駈け降りると、一散に乞食のあとを追った。五間、十間、二十間、瞬く内に二人の距離はせばめられて行く。