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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
02 第二分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页
せっかく、御奉公人の端にたたれ、お上さまの御用、ようやくおん大事の身となりつる折へ、わが身や夫や、たくさんの同胞たち、お許の身にかかり候ては、朝夕は楽しかるびょうとも、何ぞにつけ、御奉公の足でまといにこそ候わめ。
さむらいの御奉公とは、あしたに死に、ゆうべに死し、まい日が覚悟のお勤めとこそ母もうけたまわれ、わたくしの楽しみ事など思うは、まだまだ早き慾とこそ、もったいのうぞんぜられ候。時折のお許が助けにて、母は、着るにもたべるにも、なんの不自由も今はなき身に候。ひゃく姓の仕ごとも、子をそだつるお役も、母のあたりまえなるつとめにこそあれ。むかしおもえば今の身すら、神さま、仏さま、御領主さまの御恩、朝夕手をあわせ暮しおり候。
ゆめ、わが身のことなど、心にかけたまわず、いよいよ御奉公大事に、おいそしみ給われ。母のよろこびも、それに過ぐるものはあらじ。そもじが、霜の夜の門べに云いのこしたるを、今もなお、母はわすれ侍らず、折にふれ思いいで居りそろ……
召使が、前にいるのも知らぬように、藤吉郎は母の文へ、ぼろぼろと涙をこぼして、二度も三度も読みかえしていた。
主人という者は、自分の召使っている奉公人へ、泣き顔などは見せないものである。