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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

雁と燕

と、思いまどった。

だが、その機会を逸したと知ると、信玄は釈然として、もうそれにこだわってなどいなかった。はやくも次の対策と、次の機を得るもののように、物の具を解いてから、あらためて三平を禅房の一間に召し入れ、人を払って、詳細に岐阜、伊勢、岡崎、浜松あたりの情勢を聞きとっていた。

その後で、こんどは三平のほうから、ひとつの不審を、信玄にただした。

「夥しい漆の輸送を、途中で見かけ申しましたが、織田徳川は一体の国。なんで織田家へ、漆などをお送りになられますので?」

「約束は約束。……それにまた織田のこころも鈍ろうし、あの荷駄が、先に徳川領を通ってゆけば、徳川家でも油断しておろうにと。――さように奇略を試みたのじゃが、それもむだとなった。いや、むだでもない。時は、明日にもまた来ようも知れぬ」

彼は、自嘲をもらして、どこか淋しげに意中を語った。

雁と燕

甲軍の精鋭は、一時、出動見あわせとなって、むなしく夏を送ったが、秋九月というと、ふたたび西山東岳のあなたに、

(機会は、今!)

と、世の物音が聞えだした。

信玄の耳は、秋風ならぬ時代の跫音にそばだッて来た。

その中を、彼は一日、笛吹川のほとりへ駒をたてていた。