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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

で、秀吉は思う。

(彼奴、雪解けも待つまい。熊のように穴から出て来おるにちがいない)――と。

備えは、そこの一面だけに止まらない。中国も阿波も四国も近畿もである。

よし。

――となれば彼は、集中をもって当るのがその真面目だった。

これは、大事小事に関らないのである。前後の方略は持つが、やる、と当面したことに集中する。戦ばかりでなく、日常の時務、楽しみにも、そうであった。

さて。

三道の軍は、近江伊勢の脊梁山脈をこえて、やがて南降を示し、かねての作戦にもとづいて、目標の桑名、長島附近に合流した。滝川一益はここにいる。

「ひとつ、秀吉の戦ぶりを見るか――」

敵迫ると聞えた時、これは滝川一益が、左右へ放った揚言であったという。

彼にもそれくらいな自負は充分あるべきところである。

ただ、否みがたい内心一齟齬として、

(ちと、早かった)

となす時機の問題があった。開戦の機を誤ったことである。それは勝家と信孝と自分と、三人だけの密契として、一族幕僚にもかたく秘めていたために、却って、内に機を焦心る味方から盲目的な口火を発してしまったのだ。他を責める前に、余り秘密主義過ぎていた首脳者の自身を責めずにいられない性質のものでもある。