轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

故に、螺手の気は即、味方の士気でもある。沈剛大気の士がそれに選ばれたことはいうまでもない。

が、中には、

(貝の音ぐらいで、そんなことまで分るはずはない)

と疑う者もある。疑うのはそもそも、耳はあっても、心の耳を持たないからだと説く者もある。

(では、心の耳とは?)

と来ると、問われた者も、これは教外別伝に附すしかないであろう。けれど茶や禅などに参入した人ならすぐ会得はつくはずである。

一例がある。茶の席入りにつかうあの銅鑼、あれは非常に余韻を尊ぶ。客は、主の一打、一打に、身を澄まして、心でその音を聴くからである。

銅鑼には、南蛮、朝鮮、明、和作など種々ある。ところが、争われない事実は、その国の盛んにして民土興隆の時代に製せられた物は、ボーンと一打のあと、音いろの末になるほど、陽々と天上に昇るかの如き余韻をひろげてゆくが、それに反して、もしその国の衰退期に作られた銅鑼であると、いかに打手がよくても、音が美わしくても、余韻は陰々と地へ地へと消え入って、いわゆる楽しむ声を帯びていないものだという。

また、一般の歌調音楽も、あれは知らず識らずに、民の志気を導くものとされているので、古来の名宰相は、巷の童歌も決しておろそかには聴いていなかった。