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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

それをもってみれば、螺手の一吹も、聴く耳にとっては、怖いものとする方が、或いは本当かもしれぬ。

籠城の将、佐治新助は、

「城門をひらけ。巽矢倉を除くのほか、持口の守備わずかを残し、一陣に各所から突いて出ろ」

と、急に命じた。

腹心の老将が注意した。

「あれ聞き給え、寄手の陣所の方に、折ふし、総がかりの貝を烈しくふき鳴らしておりまするぞ」

新助は、にが笑いした。

「御老体。それゆえに出て働くのじゃよ」

「この塁壕に拠って守れば、戦うに利がありましょうず」

「壕はすでに埋められておる。城壁を恃んでいる時でもない。敵の越える前に、存分、城外で駈け蹴散らしてくりょう。――それからでも守るには遅くあるまい。御老体、機を観て、退き太鼓を打て」

云い放って、佐治新助もまた、一門から馬上に槍を掻い抱いて駈け出た。

鈴鹿山と思える空の落日がまだ遮る物なく地上を茜にしていた。広きへ殺出した城兵と、押太鼓を打って、狭きへ迫り会った寄手とが、喊声をあげ、奔馬を駈け合わせ、はやくも狂瀾怒濤の相搏つ状をえがき出した。

寄手にとって、城兵の猛出撃は意外だった。守ることすでに半月、相当疲れているものと観ていたし、また、この大事の総がかりには、必然、彼はいよいよ守塁や城門を堅く守る一方と見込んで駈け寄っていたからだった。