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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
09 第九分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页
五郎左の体は、馬のたてがみに伏していた。しかも手の大槍と、その眼は、敵の内身を窺って、外す、突き入る、二つの動作を同時にした。
「仕損じたり」
と、瀬兵衛は馬を退げたが、五郎左の大槍は、退がる槍へ絡んで、さらに、攻勢を取って来る。加うるに、敵らしい徒歩立ちの武者が、瀬兵衛のうしろへ迫ったらしい。
――と、直感の下に、瀬兵衛は槍を返して、馬の後ろを一払いした。どさっと、倒れた者の上へ、飛鳥の如く、ひとりの武者が飛びかかって、立ちどころに首をあげたのを見た。
「鳥飼か、先を開け」
主人の声に、鳥飼四郎大夫は、瀬兵衛の前に立ちふさがり、拝郷五郎左へ立ち向った。
瀬兵衛は、咄嗟、横ざまに馬を飛ばして、なおも、
「玄蕃に会わん」
と血眼で、将座の旗を、敵中に求めて行った。
修羅の中にも、真空に似た寂がある。それは、勇者の姿にのみある。仏陀の背光にも似たものといえよう。
勇の極致は、すずやかだ。無碍自在の境にあるからである。己れもなく目に余る敵大軍もない。無我無想のうちに、あるはただ武門の一魂、それのみだった。
中川瀬兵衛清秀は、たしかにそういう境地にまで到達し得る勇者ではあった。