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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

短い初夏の夜も、まだ明けきらない。

秀吉は、猿ヶ馬場まで進み、

「あれが、余吾か……」

と脚下に俯瞰された湖をながめて云った。

「余吾です」

馬廻りの武者たちが答えた。

秀吉は、手綱をとめ、地勢を按じているふうだった。

パチパチッ、パチッ……

左方の高地で銃声が聞えた。烈しい武者声も谺してくる。秀吉はまた問うた。

「佐久間勢のしっぱらいと見ゆる。いずれ玄蕃の子飼であろうが、あの健気な敵は誰だ?」

「殿軍の敵将は、原房親とか、聞えております」

馬廻りの一名が答えた。

何か思い当るものへ、秀吉は、独りうなずいて、

「あ。あの原彦次郎かよ」

と、なおしばし、谺に耳をすましていた。

彼方の銃声と喊声は、まッ暗な山腹を通って、次第にその戦闘地点を、西へ西へと移行しているらしい。また、時々、尾撃してゆく羽柴勢が、逆突をくって押し返され、阿修羅の両勢のおめき合うのが、すぐその辺のもののように迫って来る。

秀吉は、そこの激闘を偲んで、

「彦次郎めにしッぱらわれては、蜂ヶ峰へ向った味方も、辛い目を舐めおるにちがいない。……が、まずよかろう」

といった。そしてふたたび、馬をすすめ出していた。