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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

まだ御門もあきはしないでしょう。いや、不浄門へいって頼みます。そんな問答をしながら、さっさと身支度をして、家を出て来たのであった。

良源院へ着くと、彼は横から裏へまわり、寺男の小屋を訪ねた。弥吉は薪を割っていた。丹三郎が近よってゆくと、弥吉は鉈を持ったまま、けげんそうにこっちを見た。

「畑さんへみまいに来ました」と丹三郎が云った、「虎之助さんが病気だそうで」

弥吉は「へえ」となま返辞をし、左手の甲で鼻をこすった。風が吹きつけて、彼の半ば白くなった髪毛が、はらはらっと顔にかかった。

「その」と弥吉は云った、「畑さまの御姉弟は、お迎えが来て、いま出てゆかれたところですがな」

「迎えが来た、どこから」

「それはその、お屋敷からでございます」

「屋敷とはどこの」

「それはもう、原田さまにきまっております」

丹三郎は不安になり、しかし弥吉がなにか勘ちがいをしているのだ、と思った。だが弥吉は間違いではないと云った。事情はわからないが、たしかに原田家から迎えが来、宇乃は虎之助といっしょに、たいそう慌てて出ていった。迎えの者は駕籠を待たせていて、姉弟をその駕籠に乗せていった、と弥吉は云った。