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しんだちどり
死んだ千鳥
吉川 英治
「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,539 字 · 32 页
どうあろうかと案じていた胸の凝りが、いちどに解けて、見得もなく、両手をついて欣し泣きに云った。
『伏原様、この御恩は死んでも忘れませぬ。きっと、この恩は……』
ぽんと、煙管を下へ捨てて、伏原はその襟あしを見ながら笑った。
『あははは、何も、そうお礼にゃあ及ばない。身共とても、あなたに掌をあわせて拝まれる程な神や仏じゃないのだから』
『でも……折角、あなた様にも、京都へ上洛るおつもりで落札したお金でございましょうに』
『そこの意気は、お分りでござろうな』
『はい……お察しいたして居りまする』
『金はわずか五十両だが、その金は、身共に取っても、平田殿の望みと同様に、出世の足懸りにしようと思っていた金だ。……それをお譲りするからには、いわば男が、生涯の立身を犠牲にして、おん身に未来の華を譲ったも同じわけだ』
『……すみませぬ。……そう仰っしゃられては、何やらこのお金も』
『いやいや、もう、武士が一旦、貸したと云って手から放した金。戻されても受取れはせぬ。遠慮なく役立ててもらいたい』
『わが身ながら、余りといえば、厚顔しいお願い事をして、この御恩義をどうしてよいか分りませぬ』