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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
さっと――汗。全身に流れる冷さを覚えた。畏い感情を持ったことのないあて人の姫は、直に動顛した心を、とり直すことが出来た。
のうのう。あみだほとけ……。
今一度口に出して見た。おとといまで、手写しとおした、称讃浄土経の文が胸に浮ぶ。郎女は、昨日までは一度も、寺道場を覗いたこともなかった。父君は家の内に道場を構えて居たが、簾越しにも聴聞は許されなかった。御経の文は手写しても、固より意趣は、よく訣らなかった。だが、処々には、かつがつ気持ちの汲みとれる所があったのであろう。さすがに、まさかこんな時、突嗟に口に上ろう、とは思うて居なかった。
白い骨、譬えば白玉の並んだ骨の指、其が何時までも目に残って居た。帷帳は、元のままに垂れて居る。だが、白玉の指ばかりは細々と、其に絡んでいるような気がする。
悲しさとも、懐しみとも知れぬ心に、深く、郎女は沈んで行った。山の端に立った俤びとは、白々とした掌をあげて、姫をさし招いたと覚えた。だが今、近々と見る其手は、海の渚の白玉のように、からびて寂しく、目にうつる。
長い渚を歩いて行く。郎女の髪は、左から右から吹く風に、あちらへ靡き、こちらへ乱れする。