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ししゃのけんり

死者の権利

浜尾 四郎

「週刊朝日 秋季特別号」1929(昭和4)年9月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,854 字 · 61 页

青空文庫

月の暗い、星の見えない夜です。あたりは一面の山々で、道の一方は数丈の断崖、一方には人の丈ほどもあるすすきが一杯に茂っています。そうして今、私と春一との外一人もこの光景の中にはいないのです。人殺しをするのに、何という都合のよい場所、時間でしょう。

私は登りに登りました。目的地は一番高い崖です。そこは殆んど道が鋭角をなして、屈曲しております。昼そこの地点に立つと湖が一面に見下せるのです。私はかねてこの地点を狙っていたのでした。

その場所から約三丁ほど手前に来た時、一寸車の中をのぞいて見ますと、春一はクッションに倒れて眠っております。この状態は実は予算に入れてなかったものでした。これを見て私は意外に凡てがうまく行っていることに気づきました。私は車を一時とめてすばやく服を着かえ帽子をかえました。そうして今までつけていた服や帽子を運転台におきました。無論御察しの通り、私はあたりに人無きを見定めてから車を走らせて、自分だけ素早く飛び下りようというのです。

ただ私がとびおりたのに気づいて、春一もとび下りては何にもなりませんから、それで車の中を見たのでした。

私は着物を着かえていざ車を動かそうとして、醜く酔い仆れている春一の顔を見ました。