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あさくさふどき

浅草風土記

久保田 万太郎

雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页

青空文庫

らッぱぶし

が、これについてはふかくはいうまい。いかな隅田川の水の匂でも入谷のあさがおにまでは及ばないから……

……なつかしき水の匂よ。……ことしももう、仁王門の柱のかげに蛍売りが出はじめたことだろう。(昭和十六年)

らッぱぶし

明治時代の流行歌で、いまなお、なつかしく、そぞろ哀しくおもい出されるものが三つある。

さのさぶしと、しののめぶしと、らッぱぶしと。

このうち、さのさぶしと、しののめぶしとは、陰気で寂しいが、らッぱぶしは、陽気でにぎやかである。が、いまとなっては、陽気なだけ、にぎやかなだけ、さのさぶしよりも返らぬむかしへの思慕はふかい。

このらッぱぶしのなかに、こうした文句のものがある。

たたみ叩いてこちの人、わたしゃ悋気じゃないけれど、一人でさした傘ならば、片袖濡れようはずがない。

さのさぶしの「花づくし、山茶花、桜か、水仙か」及び、しののめぶしの「蒸汽ャ出て行く、煙は残る」程度、人口に膾炙した文句だが、高野斑山博士の『俚謡集拾遺』によると、これには、あとにまた、おなじ系列の文句が二つ喰ッついている。すなわち、

片袖濡れても悋気するな、昨夜の連れは男づれ、聞けばお前の元なじみ、いわば悋気はこっちから。