轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
あさくさふどき
浅草風土記
久保田 万太郎
雷門以北「東京日日新聞 夕刊」1927(昭和2)年6月30日~7月16日<br>吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年2月<br>続吉原付近「中央公論」1929(昭和4)年3月<br>隅田川両岸「中央公論」1935(昭和10)年9月<br>浅草田原町「三田文學」1912(明治45)年2月<br>あやめ団子「花形」1920(大正9)年8月<br>相模屋の路次・浅倉屋の路次「新演藝」1920(大正9)年8月<br>浅草の喰べもの「中央公論 夏期特別號」1920(大正9)年7月<br>夏と町々「時事新報 夕刊」1929(昭和4)年6月1日~30日<br>絵空事「新潮」1932(昭和7)年3月<br>一年「東京新聞」1946(昭和21)年4月15日<br>浅草よ、しずかに眠れ「苦樂」1948(昭和23)年2月<br>夜店ばなし「婦人公論」1931(昭和6)年7月<br>除夜「週刊朝日」1930(昭和5)年12月28日號<br>正月「婦人公論」1932(昭和7)年1月<br>水の匂「文藝春秋」1941(昭和16)年7月<br>町々…… 人々……「別冊文藝春秋」1955(昭和30)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,294 字 · 318 页
――尤も、このうち田村とし子氏は七八年前にアメリカへ行ったなりになっている。「蓋し浅草区は、世のいはゆる、政治家、学者、或は一般に称してハイカラ流の徒なるものがその住所を定むるもの少し、今日知名の政治家を物色して浅草に何人かある。幾人の博士、幾人の学士、はた官吏がこの区内に住めるか、思ふにかかる江戸趣味及び江戸ッ子気質の破壊者が浅草区内に少きはむしろ喜ぶべき現象ならずや。今日において、徳川氏三百年の泰平治下に養はれたる特長を、四民和楽の間に求めんとせば、浅草区をおきてこれなきなり」と前記『浅草繁昌記』の著者はいっている。その著者のそういうのは、官吏だの、学者だの、教育家だの、政治家だの、実業家だのというものはみんな地方人の立身したもので、いくら学問や財産やすぐれた手腕はあっても、その肌合や趣味になるとからきし低級でお話にならないというのである。「紳士にして『お茶碗』と『お椀』との区別を知らず、富豪にして『清元』と『長唄』とを混同し『歌沢』『新内』の生粋を解せずして、薩摩琵琶浪花節の露骨を喜び、旧劇の渋味をあざけりて壮俳の浅薄を賞す」といろいろそういったうえ「かくの如きはたゞ見易き一例にすぎずして、家屋住宅の好みより衣服の選択など、形式上のすべてがいはゆる江戸趣味と背馳するもの挙げて数ふべからず」