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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

「逃げろ!」

と不意に誰ともなく云った。

このシケを利用して義党の面々が、大挙して襲って来はしまいかと、そんなように思われたからであった。

「奥へ! 奥へ! 林の奥へ!」

一斉に藩士たちは走り出した。

海上もひどいシケであった。

黒檀のような黒い波が、月も消え星も消えた空に高く、ピラミッド型に立ったかと思うと、そこで崩れて白馬のような、白泡を吹き飛沫を上げ、それだけが夜の闇の中でも、灰色く魔物の踊るがように見えた。

そういう海上に二点の火光が、波にかくれ波にあらわれ、あるいはキリキリ渦を巻いて、上村の方へ近寄って来た。

上村の湾には明暦義党達が、元から乗って来た自分たちの船と、たった今しがた掠奪して来た、紀州藩士たちの二隻の帆船とを、難破させないように警護しながら、沖にあぶなっかしく漂っているところの、二点の燈火を持った大船の、危険の様子を案じ見ていた。

「気の毒だ、救助しなけりゃアいけない」

船の船首に佇んでいた、佐原嘉門がそう云った。

嘉門は尚も叫ぶのであった。

「ありゃア随分大きな船だ、船首と船尾とへついている燈火の、距離の大きいのでそれがわかる、……ああいう大船はこういうシケでも、なかなか沈没しないものだが、しかしあの辺には暗礁が多い筈だ。