轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
認識のこうした根本特色が、取りも直さず模写ということに外ならない。――だから認識はその根本性格に於て模写だというのである。人々はだから、もはや、所謂模写に於て主観と客観との一致がどうして証明され得るかというような質問を提出する理由を失うだろう。それを実際上どう一致させるかには色々の工夫があるわけだが、凡そ一致出来るというのでなければ、一体認識ということの意味が無くなって了うのである。
次の問題は主観と客観とを実際にどう一致させるか、即ち人間は実際上認識を――模写を――どうやって実行するかである。主観は先ず第一に感性的な知覚や経験を介してでなければ認識・模写・出来ないのだから、物そのもの――物質――は決して直接に、一遍で、知ることは出来ない。現象するということが模写の第一段階である。模写は一枚の鏡の面へ写すのではない、幾つもの面を持っている道具(感官)を通して写すのである、模写には段階がある。而もこの道具は自分が運動することによってこそ初めて、物を写すことが出来る。感性は主体の――自由な――運動の・実践の・第一段階だ。模写・認識の第二段階以下は、実践プロパー――実験・産業・政治活動――を通しての夫である。