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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
だがわが国などで最も流行しているこうした観念哲学の傾向は、殆んど例外なくドイツ哲学の模倣であり、従って又結局に於てドイツ古典観念論の伝統の上に立つものである。そう考えて見ると、この哲学傾向が著しく誰の眼にも付くようになったのは今日に始まるとは云うものの、その用意はすでに古く十八世紀末から出来ていたと考えなくてはならぬ。と云うのはドイツ古典哲学は、人々の言う処によると、何よりも先に存在や現実の問題よりも先に、自由の問題を中心問題とした「自由の哲学」なのだが、この自由というのがルネサンス芸術家達の考えた芸術上の自由や、十六世紀末以来のイングランドに於ける経済上の自由の観念や、フランス革命に於ける政治的自由などではなくて、これが云わばプロシア風に封建化されて、人格の自由や、人間的自由や、又神的自由の観念となったものなのである。カント乃至フィヒテとシェリングとヘーゲルとが、夫々この三つの概念を代表している。でこういう自由は現実の存在物とは全く秩序を異にした世界のもので、自由の世界を論じている限り、現実の世界はどうでもいいということになるわけで、ここからドイツ古典哲学の観念論としての本質が出て来ているのである。