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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

五 論理乃至論理学

1 「種の論理」

処が悪いことには天才論では、多少とも科学的な研究は盛んであるが(ロンブローゾやクレッチュマー)、併しそれにも拘らず文学者風の天才賛美の動機に出ているものが、抜くべからざる伝統をなしている。ここでは天才は、従って発明発見の天才は、何か神秘的な非合理な観念として祭り込まれて了うのである。

発明、発見、天才、又之に付属した独創・個性・等の諸観念を、個人主義的に従って又神秘論的にでなく理解するのでなければ、之を技術論の資料として、用いることは出来ないだろう。

吾々は今日極めて大事だと考えられる「技術の哲学」を有効に用意するためには、予め技術に対するこのような様々の所謂観念論的歪曲を警戒しなければならないが、而もこの歪曲は凡て、技術が本来、物質的生産技術だという至極単純な一つの事実と、この事実が有っている哲学的意義とを、忘れた処から発生したのである。必要なのは従って、技術という範疇の認識論的意義である。

五 論理乃至論理学

1 「種の論理」

かつて私は西田哲学の批評を「無の論理は論理であるか」という題で書いたことがある(『日本イデオロギー論』)。書き方は極めてスケッチ風であったから、批評として決して力のあるものではなかったが、併し今日でも私は、西田哲学の問題の要点は依然としてそこにあるものだと信じている(西田哲学の