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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
インテリ固有の社会的制限も手伝って、ここに発見される新しい積極的原理は、様々の偏極や歪曲を生具して現われる。まずこの点に注目する必要があるのだ。
多くの場合、この或る新しい積極的な思想原理・文化原理・は、マルクス主義思想に代るものとして、その代行者として現われる。だが代行者の使命を徹底すれば、実はマルクス主義思想の代行者に止まることは出来ずに、マルクス主義に代る対立物とならねばならぬ。甚だしい場合になるとその反対者としてさえ現われねばならぬ。マルクス主義は進歩的だ、よろしい。処で之に代る代行者としての新イズムは従って又進歩的だ、よろしい。だが、それ故マルクス主義に対立し反対するこのものこそが進歩的でなければならない、否。代行者が自分を進歩的なものとして自己拡張するために、その代行委任者の方は反動的になる! これは話しが違いはしないか。――ここに大衆が関知しないインテリの手による問題の偏極があるわけだ。
進歩とか反動とかいう言葉を、無雑作に惰性的に使っているのではない。文化や思想というものは進歩と関係なしには無意味だったのだ。進歩というものはそれ自身、文化と思想とを説明するための言葉であることを忘れるべきではない。