轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
処でヒューマニズム的世界観に於て、この物質に相当する根本観念は何か。人間乃至人間性か。もしそうなら夫は明らかに唯物論ではない。――ヒューマニズムは限定すべからず、という常識もあるようだが、限定ということが何を指すのか私には一寸判り兼ねる。ヒューマニズムの意義の含蓄を狭めることも限定かも知れぬが、ヒューマニズムの観念をより以上に展開することも限定だ。だがつまり限定は制限だ(デテルミナチオはネガチオだ)。でヒューマニズムの(少なくとも)世界観は、唯物論ではない。
もし又ルネサンス以来、唯物論とヒューマニズムとが手を携えたり又は平行したりして進んで来たとするなら、今こそ唯物論がヒューマニズムを追い抜く必要のある時だ、ヒューマニティーを唯物論的に解決すべき時こそは今なのだ。之まで唯物論は少しヒューマニズムと歩調を合わせ過ぎた、それというのも之までの文化・思想・が、要するにヒューマニズムの夫だったからである。之からマテリアリズムの文化・思想・の時代に這入るのではないか、とさえ考えられるのである。
私は田辺元博士のナショナリズムをまだよく理解していないので、之とヒューマニズムとの対立をよく理解していない。