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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

これは物質という範疇の発展に於ける注意すべき第一段階である。

だが、パルメニデスに於て、物質が存在という範疇で云い表わされ始めると同時に、之に対立して、ともかくも無という概念が日程に上って来る。存在は、物質は、云うまでもなく在る・有であって、従って無ではない。かくて物質は存在・有として、無に、対立させられることとなる。初め別に何の対立をも知る必要のなかった無邪気な物質は、今や、とに角無と仮に呼ばれる処の対立者を予想せざるを得なくなる。之は物質の歴史の第二段階である。

デモクリトスになると、存在・物質・は無意識的に無に対立させられる。無とはこの場合空間・場所・と考えられる。アトムという物質は空間という無に於て運動するものとして規定されるのである。

処で、この代表的な唯物論者の主張の内に、物質という概念の根本的な変革が、観念論的変革が、用意されていたことは意外である。と云うのは、分つべからざる(それが A-tom という言葉の意味だ)最後の物質・存在・の単位として、アトムは必然に一定形態を、一定形式を、一定形相を、持たざるを得ない。で存在することは今や幾何学的な形を持つことを意味するようになる。