轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

彼はそう主張する。

ある拡り――空間量――を有った色の塊りは、無論拡りそのものから一応分離されることが出来る。色の塊りは赤とも青ともなれるが、之とは一応独立に、それは大ともなり小ともなる。だが結局色と拡りとは結び付いている、何故なら一定の拡りを有った赤も、その拡りが次第に小さくなって零になる時、同時に無色となるから。こうやって――今の場合――空間感覚は色彩感覚と結合して初めて意識に上ることが出来る、そうシュトゥンプフは説くのである。――だが吾々は考えて見ねばならぬ、色と空間とは決して同格又は同列の地位にあってこのような結び付きを示しているのではない。色の塊りが零になれば色は消える、併し逆に、色が消えれば塊りは零になるか。なる程一定の輪郭を有った形の感覚はこの場合消えて行く、併し空間の拡りは依然として表象として残るではないか。拡りはたとえそれが無色で無形であっても拡っている、ということが空間表象の云わば矛盾した不思議な特性なのである(空間はどこにもない、空である、だがどこにもないということが恰もそれの存在性である)。だから空間表象がいくら色の感覚其の他――触覚・聴覚・等――と結合しなければ意識されないと云っても、空間は色其の他と同格又は同列の地位にあって結び付いているのではない。