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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

だがなぜ人々は、こういう誤りを賭しても空間の概念を他の概念へすり換えねばならなかったか。それは空間という概念を、それに近くて而も尤もらしい他の概念で以て何とか説明して見ようと思うからである。こういう説明欲が嵩じて来ると、空間は神によって説明されようとしたり(ヘンリ・モーア†1687 やニュートン†1727)、光によって説明されようとしたりする(例えば十三世紀の自然哲学者ヴィテロの如き)。この種の説明は昔から決して珍しくない。――併し空間(日常的空間)の概念は、他の概念によって外部から説明されるよりも先に、内部から分析されなくてはならない筈である。

日常的空間の概念を分析して発見されることは、それが一つの存在性――空間的存在性――を云い表わすということである。空間に於て存在するものはまだ直ちに空間ではない。少なくとも存在するものが存在することが空間なのである。日常的な空間概念は(空間的)存在者の概念ではなくて、(空間的)存在性の概念である。さて日常的空間のこの存在性の概念は歴史上、様々な名辞によって云い表わされる。第一は何処(ubi)であり、第二は場所(locus)であり、第三は位置(situs)である。