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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
潮鳴の胸
――そうした彼女自身の心と、彼女を繞る事情とが、この古い武家屋敷に、女ふたりの主従だけを取り残して、他目にも勿体ない程な若さと美しさを、空しく鋲打の門の中に閉じ籠めさせて来たのであった。
潮鳴の胸
『――でも、姫様、おかしいではございませんか』
萩乃は又、考え直して、八雲のことばに疑いを挾んだ。
『なぜ?』
『なぜと云って、あの杜鵑管を、どうして、飴売りなどが、持って居りましょう。安中三郎様が、かりそめにも、人手にわたす筈はございません』
『そうとは限るまい。きっと、あの飴売りは、三郎様の密使でしょう』
八雲は霊覚者の宣示のように、信念のあることばで云った。
『そうでしょうか?』
『そうです』
『じゃあ、そっと出て、どんな飴屋か、見て参りましょうか』
『……え』と、欣しげに、
『だけど、家中の者に、気づかれないように』
『抜かりはございませぬ』
萩乃は、裏門の潜りから、往来の眼をしのんで出て行った。
召使もずいぶん多かった中で、たった一人、今日まで残っていて、寝る間も、主人の身辺に細い気くばりをしている萩乃だった。――うしろ姿を見送って、八雲はふと、
(彼女も若いのに、私のために――)