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かがりびのおんな

篝火の女

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页

青空文庫

そういう三国三すくみの一時的な平和のやぶれる気運が見えたので、主君の北条氏政が、東郷五郎左衛門の娘と、上杉家の家士との縁ぐみを、

(ならぬ)

と、黙殺していたのは、当然なのであった。

願い書を主君の手もとへさし出してから、一年とも経たないうちに、東郷五郎左衛門は、甲相聯合軍の陣にあって、武州の平野戦で討死にしてしまった。

以来、甲越相三国の戦は絶え間がない。

おととし――去年――今年と。

東郷家には、五郎左衛門の死後、何の沙汰もなく、もちろん八雲の縁ぐみ届けも、そのまま永劫に闇から闇への運命になっている。

親戚の者が、彼女に対して、

(あの届け出は、殿も、もうお忘れであろうから、誰か、同藩士の子息を、聟にむかえて、東郷家の名跡をつがせ、家督再興のお願いを出してみたらよいと思うが……)

と案じて計る者もあったが、八雲は、

(でも私には、いちど誓った良人がありますから)

と何日も、きっぱりと首をふって云う。

従って、彼女の立場は、だんだんに不利になって、禄も途絶え、外出も制限され、他から来る書状もいちいち監視をうけて、北条家の城下に住みながら、北条家の臣からは、まったく、他国者扱いにされていた。