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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
北条家としては、「金持喧嘩せず」という諺のとおり、自分の領地が侵害をうけない限りは、精鋭無比な越兵とも事を構えたくないし、尚更、叔父信玄の持つあの精悍な甲州軍とも争いたくない。
けれど、上杉勢としては、何うしても三国の嶮をこえて、上野国から相武の海へと、その覇力を伸ばして来るのが自然の勢であったし、その志を遂げさせては、自分の大望に邪げありとしていつも、横槍を衝き入れるのが武田信玄なのであった。
北条家の領土は、そうして、幾度か越兵に蚕食されては、その度毎に武田勢が奪回してくれていたが、年々、越後の上杉勢は、上州から武蔵へと、一城一城、羽翼をのばして来て、近年では北条勢も武田勢も、まったく、手を拱いて、越後から三国山脈をこえて襲う燎原の火のような侵略を見ているほかない状態であった。
然し、それをいつまで黙って見ている信玄ではない。時機を見ていたのだ。
ふたたび、所々で合戦が始まった。
戦が起ると、
(西からどこを攻めよ。東からどこを衝け)
と、甲州の叔父からは頻々と、甥の氏政へ軍勢の催促がくる。
甲斐の敵とする上杉謙信は、同時に、北条家の敵ともなるのであった。