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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
ちょうど夕凪の時刻なので風がぱったり死んでいるのが、暑いことは暑いけれども、静止している樹々の色合がひとしお鮮かで、芝生の緑が眼に沁み入るようである。この春彼女が東京へ立って行った頃にはライラックと小手毬が満開で、さつまうつぎや八重山吹はまだ咲いていなかったが、今はもう霧島や平戸も散ってしまい、わずかに咲き残った梔子の花が一つ二つ匂っているばかり。シュトルツ家との境界にある栴檀と青桐の葉はおびただしく繁って、その二階建ての洋館を半ば蔽い隠していた。
境界の金網の垣根の向う側では子供たちが電車遊びをしているのであろう、姿は見えないが、ペータアが車掌の口真似をして、
「次は御影、次は御影でございます。………」
と云っているのが聞える。
「………皆さん、この電車は御影から蘆屋までは停りません。住吉、魚崎、青木、深江の方々はお乗り換えを願います」
そう云っているのが、全く阪神電車の車掌の口調そっくりで、とても西洋人の子供が真似ているようではない。
「ルミーさん、そしたら京都へ行きましょう」
と、今度は悦子の声がして、
「そうですねえ、東京へ行きましょうねえ」
と云っているのはローゼマリーである。