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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

そしてそこの縁側の手摺にもたれて立ち、独語のようにわたしへ言った。

「あの鳶の声を、この春から聞きなれているので、もう、家族の一員のような気がしますよ。けれど、今日は少し不作法でしたね。あなたは、あんなところ、はじめてでしょう。」

返事の代りにわたしは微笑したが、あの人はあちらを向いたままなのだ。

わたしの返事がなかったからか、あの人は向き返った。とつぜん、どうしたというのだろう。ひどく憂鬱な表情になっている。

「千重子さん。」

ああ、はじめてあの人はわたしの名を呼んだ。いつもは、松本さんと姓の方を呼んでいたのだ。

「誓いの代りに、ただ一つ約束しましょう。時が来たら、いろいろなことを、なにもかも、お話します。待っていて下さい。」

あの人は手を差出した。わたしの方から立ってゆかねばならなかった。屈辱ではない。その時はそれが自然だった。あの人はわたしの手を執り、片手を更に持ちそえて、両手でわたしの手をしっかり握りしめた。逞ましいそして少し冷い掌だった。その重圧が、あの人のその時の憂鬱な様子と一緒に、わたしの胸をしめつけた。わたしは首垂れて、もしそのままでいたら、泣き出したかも知れなかった。