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じゆうじん
自由人
豊島 与志雄
「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页
三
その天元の語感から、一脈の糸を引いて、紹興のことが浮んできた。――料理店紹興は、地名から来たものではなく、支那酒老酒の本場物たる紹興酒から来たものだ。菅原洋平は終戦後だいぶたってから中国から帰国し、東京に出て来た当時は、紹興の奥の一室に寄宿していた。天元社に勤めるようになってから、北村庄作と識り合い、北村の二階に移転して来たのである。
――俺は迂濶だった。千重子を紹興に案内した時に、なぜそれを思いつかなかったのだろう。菅原の後援者は、恐らく紹興の主人だろう。
もっとも、あの時には、菅原の後援者などは必要なかったのだ。然し、今では事情が違う。天元社の不正行為について、たとい幾分でも菅原に疑いがかかっているとすれば、その疑いを晴らすために、菅原の経済的援助者が必要となってくる。それとも、菅原は秘密の財産を持っているのであろうか。
北村はまた、顔ににじみだしてくる汗を拭った。
三
たとい揶揄にせよ或は冗談にせよ、菅原洋平に対する無籍者だとの影口には、その原因があった。
天元社は終戦直後に出来た出版社で、気勢を揚げるために、主要な関係者や執筆者を招き、社員一同で、ちょっとした宴会を催すことになっていた。