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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
殊に大名屋敷に出入りしているのは、店の名誉でもあり、利益でもあるから、大切に御用を勤めること勿論である。中国筋の某藩の江戸屋敷に香川甚五郎という留守居役があって、平素から四郎兵衛を贔屓にしていた。
その甚五郎があるとき四郎兵衛にささやいた。
「四郎兵衛、気の毒だが、おまえに一つ働いてもらいたいことがある。肯いてくれるか。」
「代々のお出入り、殊にあなた様のお頼みでござりますなら、何なりとも御用を勤めましょう。」と、四郎兵衛は即座に請合った。それは今から四年前のことで、かれが二十二歳の春であった。
「おまえはちっと道楽をするそうだが、近所の三十間堀の喜多屋という船宿を知っているだろう。」
「存じております。」
「おれも知っている。あすこにお安という小綺麗な女がいる……。いや、早合点するな。おれに取持ってくれというのではない。あの女のからだを借りたいのだ。」
甚五郎の説明によると、そのお安という女を写生したいというのである。顔は勿論、全身を赤はだかにして、手足から乳のたぐいに至るまでいっさいを写生する――今日のモデルとは意味が違って、いわば一種の春画である。それは幕府の役人に贈る秘密の賄賂で、金銭は珍しくない、普通の書画骨董類ももう古い。