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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

ジフテリイは血清注射で直ったが、跡が腎臓炎になって、なかなか退院することが出来ない。お雪さんは稽古に行った帰りに、毎日見舞に行って、遅くなって帰る。休日には朝早くからおもちゃなんぞを買って行って、終日附いているということである。「ほんとにあんな気立ての好い子ってありません」と婆あさんが褒めて話した。

この頃純一は久し振りで一度大石路花を尋ねた。下宿が小石川の富坂上に変っていた。純一はまだ何一つ纏まった事を始めずにいるのを恥じて、若し行きなり何をしているかと問われはすまいかと心配して行ったが、そんな事は少しも問わない。寧ろなんにもしないのが当り前だとでも思っているらしく感ぜられた。丁度這入って行ったとき、机の上に一ぱい原稿紙を散らかして、何か書き掛けていたらしいので「お邪魔なら又参ります」と云うと「搆わないよ、器械的に書いているのだから、いつでも已めて、いつでも続けられる。重宝な作品だ」と真面目な顔で云った。そしていつもの詞少なに応答をする癖とまるで変って、自分の目下の境遇を話して聞せてくれた。それが極端に冷静な調子で、自分はなんの痛癢をも感ぜずに、第三者の出来事を話しているように聞えるのである。