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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

見給え。又踊るらしいぜ。ひどく勉強しやがる」

純一が背後を振り返って見ると、さっきの場所に婆あさん連が三味線を持って立っていて、その前でやはりおちゃらと今一人の芸者とが、盛んな支度をしている。上着と下着との裾をぐっとまくって、帯の上に持て来て挟む。おちゃらは緋の友禅摸様の長襦袢、今一人は退紅色の似寄った摸様の長襦袢が、膝から下に現れる。婆あさんが据わって三味線を弾き出す。活溌な踊が始まる。

「なんだろう」と純一が問うた。

「桃太郎だよ。そら。爺いさんと婆あさんとがどうとかしたと云って、歌っているだろう」

さすが酒を飲む処へは、真先に立って出掛ける瀬戸だけあって、いろんな智識を有していると、純一は感心した。

女中が鮓を一皿配って来た。瀬戸はいきなり鮪の鮓を摘まんで、一口食って膳の上を見廻した。刺身の醤油を探したのである。ところが刺身は綺麗に退治てしまってあったので、女中が疾っくに醤油も一しょに下げてしまった。跡には殻附の牡蠣に添えて出した醋があるばかりだ。瀬戸は鮪の鮓にその醋を附けて頬張った。

「どうだい。君は鮓を遣らないか」

「僕はもうさっきの茶碗蒸しで腹が一ぱいになってしまった。