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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

二十二

或る官立学校で独逸語を教えている教師の下宿に毎日通って、その教師と一しょに歩いていたのを見られたこともある。妙な女だと、その男も云っていた。とにかく problmatique な所のある女だね」

二人は肴町の通りへ曲った。石屋の置場のある辺を通る時、大村が自分の下宿へ寄れと云って勧めたが、出発の用意は無いと云っても、手紙を二三本は是非書かなくてはならないと云うのを聞いて、純一は遠慮深くことわって、葬儀屋の角で袂を別った。

「Au revoir!」の一声を残して、狭い横町を大股に歩み去る大村を、純一は暫く見送って、夕の薄衣に次第に包まれて行く街を、追分の方へ出た。点燈会社の人足が、踏台を片手に提げて駈足で摩れ違った。

二十二

箱根湯本の柏屋という温泉宿の小座舗に、純一が独り顔を蹙めて据わっている。

きょうは十二月三十一日なので、取引やら新年の設けやらの為めに、家のものは立ち騒いでいるが、客が少いから、純一のいる部屋へは、余り物音も聞えない。只早川の水の音がごうごうと鳴っているばかりである。伊藤公の書いた七絶の半折を掛けた床の間の前に、革包が開けてあって、その傍に仮綴の inoctavo 版の洋書が二三冊、それから大版の横文雑誌が一冊出して開いてある。