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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

初音町の家を出るまで、苛立つようであった純一の心が、いよいよこれで汽車にさえ乗れば、箱根に行かれるのだと思うと同時に、差していた汐の引くように、ずうと静まって来た。そしてこんな事を思った。平生自分は瀬戸なんぞの人柄の陋しいのを見て、何事につけても、彼と我との間には大した懸隔があると思っていた。就中性欲に関する動作は、若し刹那に動いて、偶然提供せられた受用を容すか斥けるかと云うだけが、問題になっているのなら、それは恕すべきである。最初から計画して、れた行いをするとなると、余りに卑劣である。瀬戸なんぞは、悪所へ行く積りで家を出る。そんな事は自分は敢てしないと思っていた。それに今わざわざ箱根へ行く。これではいよいよ堕落して、瀬戸なんぞと同じようになるのではあるまいかとも思われる。この考えは、純一の為めに、頗る fiert を損ずるもののように感ぜられたのである。そこで純一の意識は無理な弁護を試みた。それは箱根へ行ったって、必ず坂井夫人との関係を継続するとは極まっていない。向うへ行った上で、まだどうでもなる。去就の自由はまだ保留せられていると云うのであった。