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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

一度唱える毎に、誰かが杯を受けるのであろう。

純一は取ってある床の中に潜り込んで、じっとしている。枕に触れて、何物をか促し立てるように、頸の動脈が響くので、それを避けようと思って寝返りをする。その脈がどうしても響く。動悸が高まっているのであろう。それさえあるに、べろべろの神さんがしゅうねく祟って、呪文はいよいよ高く唱えられるのである。

純一は何事をも忘れて寐ようと思ったが、とても寐附かれそうにはない。過度に緊張した神経が、どんな微細な刺戟にも異様に感応する。それを意識が丁度局外に立って観察している人の意見のように、「こんな頭に今物を考えさせたって駄目だ、どうにかして寐かす事だ」と云って促している。さて意識の提議する所に依ると、純一たるものはこの際行うべき或る事を決定して、それを段落にして、無理にも気を落ち着けて寐るに若くはない。その或る事は巧緻でなくても好い。頗る粗大な、脳髄に余計な要求をしない事柄で好い。却て愈々粗大なだけ愈々適当であるかも知れない。

例之ば箱根を去るなんぞはどうだろう。それが好い。それなら断然たる処置であって、その癖温存的工夫を要する今の頭を苦めなくて済む。