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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

しかし東京に出たら、こうしようと、国で思っていた事は、悉く泡沫の如くに消えて、積極的にはなんのし出来したわざも無い。自分だけの力で為し得ない事を、人にたよってしようと云うのは、おおかた空頼めになるものと見える。これに反して思い掛けなく接触した人から、種々な刺戟を受けて、蜜蜂がどの花からも、変った露を吸うように、内に何物かを蓄えた。その花から花へと飛び渡っている間、国にいた時とは違って、己は製作上の拙い試みをせずにいた。これが却て己の為めには薬になっていはすまいか。今何か書いて見たら、書けるようになっているかも知れない。国にいた時、碁を打つ友達がいた。或る会の席でその男が、打たずにいる間に棋が上がると云う経験談をすると、教員の山村さんが、それは意識の閾の下で、棋の稽古をしていたのだと云った事がある。今書いたら書けるかも知れない。そう思うとこの家で、どこかの静かな部屋を借りて、久し振に少し書き始めて見たいものだ。いや。そうだっけ。それでは切角のあの実行が出来ない。ええ糞。坂井の奥さんだの岡村だのと云う奴が厄介だな。大村の言草ではないが、Der Teufel hole sie! だ。