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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
己はこの出来事のあったのを後悔してはいない。なぜというに、現社会に僅有絶無というようになっているらしい、男子の貞操は、縦い尊重すべきものであるとしても、それは身を保つとか自ら重んずるとかいう利己主義だというより外に、何の意義をも有せざるように思うからである。そういう利己主義は己にもある。あの時己は理性の光に刹那の間照されたが、歯牙の相撃とうとするまでになった神経興奮の雲が、それを忽ち蔽ってしまった。その刹那の光明の消えるとき、己は心の中で、「なに、未亡人だ」と叫んだ。平賀源内がどこかで云っていたことがある。「人の女房に流し目で見られたときは、頸に墨を打たれたと思うが好い。後家は」何やらというような事であった。そんな心持がしたのである。
とにかく己は利己主義の上から、或る損失を招いたということを自覚する。そしてこれから後に、又こんな損失を招きたくないということをも自覚する。しかし後悔と名づける程の苦い味を感じてはいないのである。
苦みはない。そんなら甘みがあるかというに、それもない。あのとき一時発現した力の感じ、発揚の心状は、すぐに迹もなく消え失せてしまって、この部屋に帰って、この机の前に据わってからは、何の積極的な感じもない。