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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

借りた本は小包にしてでも返される。手紙が来ても、開けて見なければ好い。尋ねて来たら、きっぱりとことわれば好い。

純一はここまで考えて、それが自分に出来るだろうかと反省して見た。そして躊躇した。それを極めずに置く処に、一種の快味があるのを感じた。その躊躇している虚に乗ずるように、色々な記憶が現れて来る。しなやかな体の起ちよう据わりよう、意味ありげな顔の表情、懐かしい声の調子が思い出される。そしてそれを惜む未錬の情のあることを、我ながら抹殺してしまうことが出来ないのである。又してもこの部屋であの態度を見たらどうだろうなどと思われる。脱ぎ棄てた吾嬬コオト、その上に置いてあるマッフまでが、さながら目に見えるようになるのである。

純一はふと気が附いて、自分で自分を嘲って、又 Huysmans を読み出した。Durtal という主人公が文芸家として旅に疲れた人なら、自分はまだ途に上らない人である。ドュルタルは現世界に愛想をつかして、いっその事カトリック教に身を投じようかと思っては、幾度かその「空虚に向っての飛躍」を敢てしないで、袋町から踵を旋らして帰るのである。