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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

それがなぜ愛想をつかしたかと思うと、実に馬鹿らしい。現世界は奇蹟の多きに堪えない。金なんぞも大いなる奇蹟である。何か為事をしようと思っている人の手には金がない。金のある人は何も出来ない。富人が金を得れば、悪業が増長する。貧人が金を得れば堕落の梯を降って行く。金が集まって資本になると、個人を禍するものが一変して人類を禍するものになる。千万の人はこれがために餓死して、世界はその前に跪く。これが悪魔の業でないなら、不可思議であろう。奇蹟であろう。この奇蹟を信ぜざることを得ないとなれば、三位一体のドグマも信ぜられない筈がなくなると云うのである。

純一は顔を蹙めた。そして作者の厭世主義には多少の同情を寄せながら、そのカトリック教を唯一の退却路にしているのを見て、因襲というものの根ざしの強さを感じた。

十一時半頃に大村が尋ねて来た。月曜日の午前の最終一時間の講義と、午後の臨床講義とは某教授の受持であるのに、その人が事故があって休むので、今日は遠足でもしようかと思うということである。純一はすぐに同意して云った。

「僕はまだちっとも近郊の様子を知らないのです。天気もひどく好いから、どこへでも御一しょに行きましょう」